FC2ブログ

2020-08

アユ友釣りに魅せられ60年(久慈川アユ産卵床造成・2018年)

1.はじめに
 私たちがこどもの頃、箱めがねやヤスを使って小魚を突いたり、泳いだりと、川は楽しい遊び場でした。成長と共に自然や郷土を愛する心が育まれ、生活の中で水辺が如何に大切なものであるかを知ったものです。水辺によせる思いが高ければ高いほど、美しい自然は保たれます。ここ茨城には久慈川や那珂川のように大きな川もあれば、小さな川も沢山あり、水辺で遊ぶ環境には事欠きません。賑やかに遊ぶ子どもたちが増えることを願っています。

図-1 久慈川には水遊び場がいっぱい

2.水辺は科学がいっぱい
 水辺の遊びは科学がいっぱい、いろいろな生き物がいてワクワクします。魚が大好きな子は、釣を一心になって覚えます。釣りでいろいろな魚を捕まえると、魚の名前ばかりでなく習性を覚え、水の流れや水温の関係で釣果が分るようになります。一方、川原や土手には植物がいっぱい、中でも食べられるノビルやスカンポを良く採ったものです。勉強という意識は無くても、楽しい遊びを通して科学を学び、後には命の大切さや潜む危険性は勿論のこと、自然や郷土を思う心が身についてきました。遊びは科学に結びつきます。

図-2 アユ友釣りの標準的な仕掛け

3.アユ友釣の楽しみ
 数ある釣の中でも異色なのがアユの友釣です。餌や疑似餌は必要ありません。アユは自分のナワバリをやくざの様に身をもって守ります。侵入者には体当たりをクラワセ追い払います。これがアダとなり“友釣”が生まれたのです。実際には“敵釣”ですが、日本人は友釣という美しい言葉を与えました。清流を守るに相応しい表現です。
 生きた囮アユに隠し針を付け、できるだけ自然に泳がせ、野アユを誘います。それには、野アユのナワバリを確実に見つけ、技術を駆使した駆引きが大事なことは判っています。でも60年アユ釣を経験しても、結論がありません。毎回新しいことを経験します。水辺で遊ぶ子どもの気持ちと一緒です。そこにアユの友釣りの魔性があるのです。
 ところで、私の所属する「日本友釣同好会」は、昭和25年(1950年)に設立され70年になろうとしています。佐藤垢石という釣界先達のお声がかりで出発したのです。垢石先生は、「アユは北海道から九州まで住んでいる。友釣を志す者は誰もが全国各地のアユと馴染みたいと念願している。全国の同士が連携して各地を釣り歩き、土地々々の釣り人と膝を交えて山河を語り、風物を讃へ、共にアユと遊ぼう」と呼びかけられ、友釣が心底好きな人たちが集まって出発したのです。
同好の士は長年アユと遊んできました。時には、地元の人に邪険にされたこともありました。何故ならアユは職漁師のテリトリーだったのです。そこに遊漁者が入り込むのですから、それこそアユのナワバリ闘争と同じようなことがあったのです。それでもアユ釣りを嫌いになる人はいませんでした。美味しいと言われ、釣れたときの引き味がすこぶる良い黄色いアユや青いアユを釣った思い出は鮮明に残っています。釣果は釣の魅力の原点であることは間違いありません。でも、それだけではありません。それ以上にアユの住む川が好きだからです。垢石先生の言われる“山河や風物”が好きなのです。
同好会が出発したとき、私は未だ少年時代でした。山河や風物がどんな意味を持つかも良く判りませんでした。でも、水辺の遊びであることは共通しています。東京都下の多摩川は、甲州街道日野橋辺りへ良くヤマベ釣りに出かけました。そこで、変った釣り方である友釣をはじめて見たのです。カッコ良かったです。あこがれました。そして社会人となりお給料を貰える身分になって、やっと“友釣”が出来るようになったのです。以来60年の年月が流れました。
先にも記した通り60年近く友釣をやってきて、未だに結論はありません。でも60年の経験は宝だと思っています。例えば、アユのすむ川には必ず石があります。大きい石、小さい石、岩盤もあれば礫もあります。どこにナワバリを持ち、どこで群れるか、どこで寝て、活動時間はいつなのか、また産卵はどこでするのか。アユの好きなコケ類のこと、他の生き物のことなど、最もよく河川環境を知っているのは釣り人だと思っております。この経験と知識を、私は《釣り人の知識ベース》と呼んでいます。
他方、河川環境は、開発と言う名のもとに大きく変わってきました。また、釣り道具や釣法も目まぐるしく変わり発展しています。例えば私が友釣をはじめた頃、竿は7.2m、750g以上ある竹竿でした。中には1kgもあろうかという竿もありました。とても重く、長い時間持つことができないので、腰にあてがったりして使いました。オトリの操縦などとても意のままになりません。それが今では9m、200g程度のカーボン竿というハイテク製品、片手で扱えるようになりました。しかも竿には張りがあり、持っていてブレません。糸といえば、ナイロン0.1号だの、金属で0.05号だのと、70歳すぎの年寄りにはとても扱いにくくなってきましたが、細い糸はオトリに負担をかけずに操ることができます。道具の発達は、釣り人の増加を呼び、一人あたり釣れる魚は年々少なくなってきました。漁協は何とか釣らせようと、ヤタラと放流します。ひどいことには、釣り人の見ている前で「確かに放流しましたよ」と成魚の追加放流を見せびらかす河川もあるのです。それで、すっかりアユの生態が変ってしまいました。救いは、ダムの無い天然アユの遡上する川だと言ってもみても、もうそろそろ限界です。アユの友釣に結論がでない一因は、このようなところにあるのかも知れません。
しかし、釣り人として自然に対する感謝の念と、マナーだけはずっと持ってきました。遊ばせて貰った河川と流域の人々に恩返しをしたいと思っております。何よりも、子ども達が再び水辺を遊びの本拠地とすることを望んでおります。子どもの遊ぶ水辺は汚れません。川で遊んでいれば、ゴミを捨てる大人は居ません。美しい自然と環境を守る思いは、釣り人が一番強いと思っています。そこで私どもは“美しい日本の川と友釣を守る”をキャッチコピーにしています。そして、より良い釣り環境と自然を取り戻すため、今こそ《釣り人の知識ベース》つまり経験と知識を使って欲しいと呼びかけています。

図-3 久慈川アユ釣り風景

図-4 久慈川独特のリール竿

4. 久慈川独特の友釣技法
 私の友釣のホームグラウンドは久慈川です。福島県に源を発し、茨城県は日立市と東海村の境を河口として太平洋に注ぎます。
 久慈川は、日本釣振興会が平成14年に行った釣り人が選ぶ「天然アユがのぼる100名川」に選定され、文字通り天然アユの遡上が極めて多い川です。平成2年に行われた「河川水辺の国政調査」で、アユの生息数割合が43%で全国一となりました。アユの他に、秋にはサケが遡り、上流域や支流にはヤマメやイワナも生息し、同じように釣りの対象となっています。
 久慈川の友釣技法は独特でした。釣竿は、流域に生育する篠竹を用いた独特のもので、超がつくほどの胴調子、穂先の太さは5mm以上もあり、これを中通しのリール竿として使っていました。多摩川で見たものとは大分違っていましたが、釣具屋さんに薦められ、このアユ竿によって私の“友釣”はスタートしました。ヘナヘナの胴調子竿ですから、操作するのがすこぶる難しいのですが、リールでオトリまでの糸を調節しながらピンポイントで狙うことが出来ました。アユが多かったこともありますが、当時は狙い通り一発で掛かったものです。
日本全国何処の川にもアユが棲んでいて、友釣と思しきアユ漁は古くから行われていたと言われています。それにも係わらず、地方や河川によって技法が異なることは、先の佐藤垢石先生の《諸国友釣り自慢》の中にも述されており、とても興味深いものがあります。獲れば商品になるという高い価値がアユにはあったのでしょう。そのため、職漁師の釣技法として秘密にされ、河川毎に発展していったのかも知れません。垢石先生は、伊豆の狩野川漁師の釣法を基本にして全国を歩き、言わばスタンダードな友釣の技法を教え広められました。その結果、職漁師だけでなく全国の一般人が趣味としての友釣を行えるようになったのです。尊敬すべき偉大な先駆者でした。
久慈川独特に発展したこのリール竿による釣り方は、今では何処の河川でも嫌われ、禁止されてしまいました。それだけ効率が良かったのです。その後は久慈川でも、竿も釣り方も新しい方法へと進み、全国共通とでも言える技法で友釣が行われるようになりました。それでも土地の古老たちの中には、素材こそカーボン製になったとはいえ、今でも胴調子のリール竿で釣っている人が結構おります。私どもは地方で友釣発展に寄与した文化の一つと捉え、仲良く一緒に釣ることを心がけています。

図-5 筆者釣り姿(大子町久慈川)

5. 釣り人にできること 釣り人と漁協の協働

農林水産省発表の「全国河川におけるアユの総漁獲量」統計データによれば1993年に14,242トンもあったが、年々減少し2003年に1万トンを割り8,420トン、2008年には3,014トン、ここ数年は2,400トン前後で推移するまで減少しています。一方、那珂川と久慈川を有する茨城県のアユ漁獲量は、2003年には久慈川単独で390トンあったのが、ここ数年は両河川合わせても380トン前後と、2分の1程に減少しています。それでも、他県に比べれば減少幅が少なく、ずっと全国ベストスリー内にランクインされていることが救いとなっています。
しかし、その両河川をホームグラウンドとしている釣り人としては「数値以上に減少している」との感情を抱いております。ダムが無く天然遡上が期待できる河川といっても、何か手を打たなければならないとの思いを強くし、釣り人の立場で漁協や関係機関に働きかけを強めているところです。
その活動の一つとして、私の所属する日本友釣同好会は、茨城県内水面水産試験場及び久慈川漁協などが進める天然アユ増産プロジェクト“久慈川のアユ産卵床造成”に加わっています。この事業が立案されたのは2007年で、当初から「釣り人の知識も役立てて欲しい」と参加し、毎年秋の産卵時期に造成作業を行っております。近年は、国から補助を受ける協働組織「久慈川多面的機能活動組織」となり、同好会もその一員として協働しております。
造成作業は毎年10月中旬に、久慈川河口から約30km地点の辰ノ口堰下流近傍を中心に行っています。この場所は、古くからアユの産卵場所として知られ、周年禁漁区域に指定されているところです。しかし近年は、河床の小石が固く締まり表層のみに卵が付着し、増水時には流されるなど影響を受けやすくなっていました。固くしまった河床を掘り起こし、小石層を20cm~25cmまでフカフカにして、卵をこの層で保護しようというのが作業の狙いです。まず川床を重機で掘り起こし、砂や泥成分を流し綺麗にしたところをジョレンや圧搾エアーで整地します。人力に頼るところもあり結構労力を要します。
 毎年、造成作業後の産卵数や孵化率、仔魚の流下数などの調査も進められ、その成果は順次発表され、過去の例では2000~3000平方メートルを造成し、その5日後に700平方メートルの範囲に約3800万粒、さらに15日後に600平方メートルの範囲に約9800万粒の産卵が確認されるなど、優に1億粒を超える産卵実績が報告されており、次年の遡上につながる好結果が期待されています。
 この他、同好会は6月1日アユ解禁前にホームグラウンド久慈川の清掃作業を恒例行事にしております。
 釣り人として又釣り団体として、対象魚の増産と河川環境を守る役割を担えることは大いに評価されて良いものと考えます。釣り人は、大きな声で「釣り人の知識を使うべき」と発信して、貢献しようではありませんか。

図-6 アユ産卵床造成作業前打合せ

図-7 作業前後の川床

角田 恒巳

公的機関の委員としての活動(2018年)

1 茨城県内水面漁場管理委員会

第20期(H28.12~H32.11) 五十嵐正司

平成30年度の審議内容

H30.4.26 たねうなぎの特別採捕許可について(諮問)
平成30年度年間事業計画について
区画漁業権の切替について
河口周辺海域でのさけ採捕禁止について
カワウの生息状況及び今後の対応について

H30.5.23 大北川漁業協同組合管内の大北川,花園川における漁場管理及び漁場利用状況等調査
(現地調査)

H30.7.25 遊漁規則の変更について(諮問)
さけ特別採捕許可について
区画漁業権切替の考え方について
久慈川及び那珂川サケ資源有効利用調査実施計画について

H30.8.28 区画漁業の免許内容等の事前決定について(諮問)
さけ特別採捕許可について(諮問)

H30.9.19 区画漁業の免許内容等の事前決定について(公聴会)

H30.9.19 区画漁業の免許の内容等事前決定について(答申)
しらすうなぎ特別採捕許可について
茨城県におけるアユの調査報告
緒川漁業協同組合の解散に伴う今後の手続きについて

H30.11.14 しらすうなぎ特別採捕許可について(諮問)
ぼらまき網採捕許可について
流しさし網採捕許可について2.報告事項
全国内水面漁場管理委員会連合会東日本ブロック協議会の結果について

H30.12.12 区画漁業権の免許について(諮問)
かに網採捕許可について
かにかご採捕許可について
さけ特別採捕の状況及びさけ資源有効利用調査の結果について

H31.2.20 久慈川支流里川における水産動物採捕の禁止区域・期間について(委員会指示)
平成31年度目標増殖量について(委員会公示)
茨城県内水面漁業調整規則と茨城県霞ケ浦北浦海区漁業調整規則との適用範囲の境界の告示の見直しについて



2 茨城県海面利用協議会 霞ヶ浦北浦部会

荒井淳一

霞ヶ浦北浦における漁業制度と操業等に関する説明会
「霞ヶ浦北浦の釣りのルール講習会 ~マナーを守って楽しく安全に!~」

日時:平成30年5月24日(木) 14時~
場所:ラクスマリーナ 会議室 (〒300-0033 土浦市川口2-13-6)
内容:出席者約50名(JB WBSのバスプロ団体、釣具店、ボート駐艇場)の方々に対し霞ヶ浦北浦水産事務所の指導を仰ぎ勉強会を実施しました(主催者は 有限会社WBS(ワ-ルドバスソサィティ)でした)。



3 サケ釣り調査関係

髙濱芳明

H30.7.10 茨城県那珂川サケ資源有効利用調査実行委員会 久慈川漁協
H30.7.13 久慈川サケ資源有効利用調査実行委員会 那珂川漁協
H30.12.20 茨城県那珂川サケ資源有効利用調査結果報告会 京成ホテル

地域の子らとサケの放流活動(2018年)

サケ放流活動

サケ2

サケ4

サケ3

サケ1

1.活動のあらまし
 私の住んでいる地区を流れる桜川には、秋になるとサケが遡ってきます。桜川は、水戸市と笠間市の境にある朝房山(201m)を源に、水戸市街地を流れ那珂川に合流します。この桜川に、平成24年から地域の子どもたちとサケの稚魚を放流する活動を続けております。
最初は学区内の小学校(見川小学校)に呼びかけました。『川に生息する生物に着目し、生物を育てることと、生息環境を調べることで自然を愛する心を育てることができる』と快く受け入れていただきました。
したがって当初は、サケの発眼卵を学区の小学校に提供し、児童たちによって孵化・生育された稚魚を地域の皆さんが応援する形で放流活動をしていました。発眼卵の孵化 → 仔魚の育成 → 稚魚の放流までの学習は、小学校でのウサギやニワトリなどの小動物の世話や生育学習と異なり、児童たちにとって初めての経験となりました。世話をする途中で死んでしまう命もあり、泣いて悲しむ場面などもあり、児童たちにとても貴重な経験をもたらしにものと思われます。
ところが、放流する桜川はゴミも多く、サケが遡るといっても水質はあまり良くありません。当然生育環境としてはCクラスと言えます。児童たちにとって、河川の悪環境はインパクトが大きかったようで「水戸の川がもっとキレイになって欲しい」と作文をまとめ、私共へ「地域の人も一緒に育て、皆で放流しましょう。河川がキレイになるよう清掃活動もしましょう」と逆提案をしてきました。これに応える形で3年目からは幼稚園や市民センター、地域の有志などが協力者として加わり、地域コミュニティと学校教育の協働活動で行われるようになりました。
平成30年には、12月初旬久慈川漁協より発眼卵を譲り受け、協力者によって3か月大事に育てられた稚魚を持ち寄り、3月2日に約50人の手で桜川に放流し、「大きくなって帰ってきてね」と声をかけて見送りました。放流のあとは参加者全員で付近の清掃活動を行いました。

2.生育から放流まで
この活動の発端は釣り好き仲間(アユの友釣同好会)が、子どもたちと交流できればと、地域の小学校に“サケの育成”を呼びかけスタートしました。桜川は、外来魚をはじめ他生物の放流を禁じており、国交省などとの折衝を小学校側が行いました。また、ごみ等の放置物が多く水質の適否が懸念されましたが、BODの調査なども行い水質的に問題ないことを確かめ、放流OKとなりました。後に児童たちから、河川清掃や環境整備などについて地域コミュニティへの逆提案があるなど、学習効果が表れています。
発眼卵は、久慈川漁協より毎年1,000粒以上を求めていましたが、平成29年だけは親魚の不漁で一時断念せざるを得ないかと思われました。学校や児童達の強い希望が叶い、約800粒の発眼卵を入手でき、活動を続けることが出来ました。
 配布にあたって、水槽、エアーポンプ、餌など飼育に必要な資材を用意いたただけること、3月上旬の放流時に放流場所まで稚魚を持参できることなどを協力者の条件としました。毎年12月上旬に、見川小学校(児童個人も含む)、見川幼稚園、地区市民センター、個人有志などに配布し、別々の場所で育てられています。個人協力者の水槽は40×25×30㎝(約30リッター)ほどで、1水槽あたり50粒程を分けました。卵を見ると「タッタこれだけ」と協力者はもっと欲しがっていましたが、飼育数が少ないと個体が大きく育つことが判り、後で納得していただています。
 発眼卵配布の際、初めての参加者でも孵化と育成ができるよう、別紙レジュメ『サケの育成と放流まで』を配布しました。協力者の中には何回も経験を積んだ方が居り、生存率は大変良く70%を超えるようになりました。皆で育てた稚魚を持ち寄り、今回は3月2日に放流することが出来ました。
 放流のあとは、付近の清掃を全員で行い河川環境の浄化につとめています。

 釣り好き仲間の提案で始めた活動はしっかり根をおろし、地域コミュニティと学校教育の協働活動へと発展できたと考えています。今後、《魚》と《釣り》に興味を持つ大勢の子供たちによって、釣技と釣環境が守られてゆくことを願っています。

角田恒巳

久慈川・那珂川におけるサケ釣り調査(2018年)

サケ釣り調査

1 概要
釣行日
・那珂川 平成30年11月5日
・久慈川 平成30年11月6日

使用タックル
・ロッド:ヤマガブランクスアーリープラス10M
・リール:シマノヴァンキッシュ4000HG
・ライン:PE1.2号+フロロ22LB
・ルアー:スプーン25g~17g
(ヒットカラー:アカキン、ブルピン、ワインレッド)
(各ルアー+タコベイト赤系)

2 結果
・那珂川:5尾(メス:4、オス:1)サイズ(1~ 3kg) ※当日全体釣果54尾
・久慈川:釣果なし ※当日全体釣果2尾

3 所感
・那珂川
シーズン開幕から3日間連続で釣果3桁との情報にて、今年は期待大と思いながらも念のため、前日の4日に下見を実施。スタート時刻の7時より3時間ほど見学しましたが、魚のサイズは小さめで釣果があがっているのは上流側、しかし9時過ぎ頃からアタリが少なくなっている様子。魚はボトムについている状態でした。それを踏まえて以下、作戦を組立てました。

①ルアー:25gからスタートし、スレてきたらカラーチェンジしながら17gまでサイズダウンする。
②フック:やや小さめ(細軸)のシングルフック1本のみ。(魚のサイズに合わせるのと根掛り対策のため)
③エサ:ルアーサイズが小さいので、アクションにて食わせるためエサなしでトライ。
④釣り方:ルアーキャストしボトムを取ったらスローリトリーブ。スタート後、2時間に集中して釣る。

以上にて当日に臨みました。当日は明け方小雨でしたが、釣り開始時刻前には止み、まずまずの条件にてスタート。運よく本部下の検量所前のポイントに入れました。開始から10分後に最初のヒットあり、その後は数度のバラシありましたが、何とか9時頃にリミットの5尾をキャッチして終了しました。やはり魚はボトムについている様子で、今回の作戦が功を奏したかわかりませんが、当日リミット達成一番乗りでした。

・久慈川
前年はノーフィッシュで悔しい思いをしたので、今回はと気合を入れ臨みました。スタートから久慈川で実績のあるウキルアーにて、手前の沈みテトラ横の魚道を攻めるもアタリなし。ルアー単体にチェンジし、遠投で流芯の先にキャストして広範囲に探り、2~3回のショートバイトあるもフッキングに至らず。11時頃より雨が本降りになってきて、無念のギブアップ。久慈川2年連続ノーフィッシュという非常に残念な結果に終わりました。改めてサケ釣りの難しさを痛感させられました。

那珂川、久慈川共に期間後半は釣果が伸びず、高海水温の影響?にて魚の遡上にムラが発生していたのかもしれません。次回以降もいろいろ勉強しながらトライしていきたいと思います。

本間善宏

真鯛釣り大会(2018年・震災復興第5回日立沖真鯛釣り大会)

日 時:平成30年9月17日(敬老の日)06:00~11:00
場 所:日立港「弘漁丸」仕立
ルール:一つテンヤ真鯛大型1尾の重量
成 績:

H30真鯛釣り大会表

概況:
第5回日立沖真鯛釣り大会に便乗し、当会の真鯛釣り大会を開催した。今年も「弘漁丸」を仕立て、希望者全員の席を確保できた。抽選で席を決めると、05時全船一斉スタート!弘漁丸は川尻沖を目指す。天候晴れ、風波ないがうねりが大きい。06:00水深15~20mをドテラ流しで釣り開始。一流し目はほとんどアタリがなくすぐに移動。すると小型真鯛が入れアタリで着底と同時にエサがなくなる状態が続いて、全員がダレ気味状態になる。気温も30度近くまで上昇し、Tシャツでも暑いくらいの陽気が集中力を奪って行った。08時、突然増渕が大物とやり取りを開始。船の全員が「サメだな。」「青物だ。」と冷たく見守る中、浮上したのは特大本命!!
10時頃からは南風が強まりパラシュートアンカーを投入するが、小鯛のアタリもなくなって、小野瀬、江幡にサメが来ただけ。すると、日立沖でいくらか釣れているとの無線が届き、フルスロットルで移動、川尻沖より浅い水深10~15mで最後のチャンスに勝負を賭ける。ここではいくらか型の良い20~30㎝がポツポツ当たったが、ドラマは生まれないまま11時納竿時刻を迎えた。
 結局、全船大型が釣れず苦しんだ中、6.4㎏の大物を釣った増渕が21隻272名参加する大会の総合優勝に輝いた。当会の全体優勝は初、上位入賞は第2回準優勝の齋藤以来。全体の2位は5.85㎏直重丸、3位は4.45㎏満海丸。
 なお、船中釣果は、小鯛各数尾、他ヒラメ、ムラソイ、カンダイなど。当会の2位(船優勝)は石川、大物賞は1.2㎏ヒラメの杉山だった。

H30真鯛釣り大会写真

齊藤 亨

«  | ホーム |  »

プロフィール

JOFI茨城

Author:JOFI茨城
JOFI茨城にお問い合わせ

最新記事

カテゴリ

サケ釣獲調査 (9)
講演会・勉強会 (10)
親睦釣り大会 (9)
特定外来魚駆除 (10)
新聞・雑誌掲載 (3)
釣り方講座 (1)
公的機関での活動 (4)
水力発電 (1)
規約等 (3)
未分類 (0)
アユ産卵床造成事業 (2)
お知らせ (2)
入会案内 (1)
サケ放流活動 (1)

リンク

このブログをリンクに追加する

最新トラックバック

RSSリンクの表示

FC2カウンター